■バーチャルリアリティとアニメ聖地巡礼
VRがあります。
バーチャルリアリティ、日本語にすると「仮想現実」です。
VRと聞くと、頭に機械を取り付け、コントローラーを手にする姿を思い浮かべるでしょう。わざわざ説明するのも野暮ですが、あれは目を塞いでいるわけではなく、コンピュータで処理された映像を見ています。
たとえば、自分の部屋にいるのにロッキー山脈にいるように見せてくれたり、もしくはゲーム画面そのものの世界に入り込んだように見せてくれます。
VRという技術はとても面白いし、将来性を感じます。ゲームなどのエンタテインメントの世界だけではなく、医療や災害救助の現場におけるVRの可能性はしばしば話題になります。また、映像制作の現場では3D空間で作画をしたり、レイアウトをする活用法が探られています。さらに、当然というべきか、軍事利用も盛んです。訓練、実戦で積極的にVRが使われています。
VRとその機械が、いずれ身近なツールになることは間違いなさそうです。
課題はあります。なんといってもVRの機械です。頭に装着する現在のいかついスタイルは、気軽さからは縁遠い。価格は年々、下がっているとはいえ、かさばる機械を前にして導入を躊躇う向きはあるでしょう。ゆくゆくは眼鏡型やコンタクトレンズ型など、身につけていることが気にならない形になっていくはずです。そうなったときにはじめて「身近なツール」と呼べるものとなります。
さて、本題です。アニメ聖地巡礼ではVRをどのように捉えるべきでしょうか。
■アニメ聖地巡礼において、VRは不要
私はアニメ聖地巡礼において、VRは不要である、と言い切ります。より正確にいえば、アニメ聖地巡礼はすでに仮想現実を導入済みであり、機械を利用しなければならない不便なVRというシステムは必要ない、ということです。
どういうことでしょうか。
アニメ聖地巡礼とは、アニメ作品の舞台になった地域を訪れる旅行です。地域を訪れるアニメファンは、単なる壁を見ては感動し、簡素な歩道橋を渡れば嘆息し、よくある商店街の姿に涙します。なぜでしょうか。
アニメファンの頭の中には、その地域を舞台にしたアニメ作品の映像がイキイキと流れているのです。映像とは、つまり、キャラクターが動き、しゃべり、BGMが流れ、サウンドエフェクトが鳴り、陽光が差し、もしくは稲妻が落ち、桜が舞い散り、アスファルトが陥没するような映像です。横道からは食パンを咥えたヒロインが「遅刻、遅刻!」と走ってくるし、古井戸は異世界につながっているし、月には冬眠をする人々が住まう都市があるのです。
つまり、アニメファンは脳内にすでに仮想現実がインストールされている状態といえるでしょう。聖地となった地域はアニメファンにとっては仮想空間であり、舞台とモデルとなったスポットは仮想現実というアプリを起動するトリガーとなります。起動すると、アニメ作品から得た記憶が次々と甦り、アニメファンは地域にて、仮想現実に包まれることでしょう。アニメ聖地巡礼に訪れるファンは心を解放するのに、無粋な機械に助けてもらう必要はないのです。
もし、VRという言葉をアニメ聖地巡礼に敢えて使用するとしたら、私はこれを「脳内VR」と呼びます。そして、機械をつけたVRは「肉眼VR」と呼びます。脳内VRは肉眼VRより、はるかに簡便であり誰でも導入できる手軽さがあります。
■地域が脳内VRのためにできること
アニメファンがアニメ作品の舞台となった地域を訪れ、脳内VRを起動します。ここでスムーズな起動を促すために、地域ができることはなんでしょうか。2つあります。
・アニメ作品に登場したロケーションのまま維持する
・アニメ作品に登場した背景美術に近づける
ひとつめ。「アニメ作品に登場したロケーションのまま維持する」は、アニメ作品に地域が登場し、そっくりそのままだったときにできることです。そのままで現状維持することがもっとも望ましい。アニメポスターを貼ろうとか、ファンが大勢来るから聖地のスポットを建て替えようとか、考えてはいけません。アニメ作品のなかにはアニメポスターはありませんし、ファンはアニメに出てきたままの姿を欲しています。
ふたつめ。「アニメ作品に登場した背景美術に近づける」です。アニメ作品の制作過程にて、舞台にはさまざまな変更が加えられることがあります。ベンチの位置が違ったり、太陽ののぼる方向が違ったり、モニュメントの姿が変えられていたりと様々です。アニメの作品世界に地域から近づく、という選択肢があります。
埼玉県秩父市はアニメ「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」になりました。作中に「秘密基地」なる物語のシンボルとなる小屋が登場します。この「秘密基地」を地元の焼き鳥屋「まめちゃん家」は店内に再現しました。今は多くのアニメファンが訪れる人気スポットになっています。地域からアニメの世界へ近づいていったのです。
以上、脳内VRと肉眼VRのお話でした。脳内VRは、すべてのアニメファンの心に宿っています。地域がファンひとりひとりの心に寄り添えば、次々と脳内VRを起動させることができるでしょう。