アニメ聖地巡礼に「御神体」という考え方

聖地巡礼
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■何をもって聖地と言えるのか

「アニメ聖地巡礼」の地域は、何を持って「聖地」とするのでしょうか。

その地域を舞台にした作品が続く限りは、ファンによって「聖地」とされ続けます。アニメシリーズがテレビ放送されていたり、映画がロングラン上映をしていたり、原作マンガや小説が続いていたり、イベントが開催され、グッズが販売される。そして、続編が登場して、また盛り上がる。プロデュース側が歩みを止めない限り、その地域は「聖地」であり続けます。

NHK大河ドラマのように権利を持つ企業や個人が供給を止める場合があります。そうなると、「聖地」は徐々に萎んでいきます。

止める理由はさまざま。不人気ゆえにビジネス判断で取りやめた。人気はあるが、人手不足で続編が作れない。制作スタッフがなんらかの事情で参加できない。プロデューサーが複数シリーズを抱えていて手が回らない。もっと稼げるヒットコンテンツに集中したい。ちなみにNHK大河ドラマは桁違いの視聴率とファン数を誇りますが、最終回を迎えるとテレビ局はあっさりプロジェクトを終了します。次の新作が控えているので、過去を省みる必要はないのでしょう。

権利元からの供給が途切れた地域は訪れる人の数が減ります。住民の記憶も薄らいでいきます。熱心に推進していた自治体では担当者が代替わりして、盛り上がっていた当時のことを覚えている人がいなくなります。

とある人気声優さんに僕が主催するイベントで「アニメ聖地巡礼」についてお話しいただきました。

「どんな人気作品でも、何もしなければ消えてしまう。そんな作品をたくさん見てきました」

天まで届く勢いの炎も火種がなければ、いずれ消えてしまいます。慢心することなかれ。それは数々の栄枯盛衰を目の当たりにした人気声優だから出てきた言葉であり、地域に向けた言葉でもあります。

■2000年後のアニメ聖地巡礼

永劫に続く栄光などなく、いつかは衰え消えるもの。権利元の活動が終わったら、地域のアニメ聖地巡礼ブームもおしまい。それでは儚すぎます。栄華は少しでも味わいたいでしょう。

最初の問いかけです。「アニメ聖地巡礼」の地域は、何を持って「聖地」とするのでしょうか。

僕は「アニメ聖地巡礼」と従来の宗教を同一であると見ています。違いを探すとすれば、規模と時間です。「アニメ聖地巡礼」と従来の宗教は、信者の数と信仰を集めた時間だけが違う。信者の数を増やし、500年、1000年、2000年と時間を積み重ねれば、アニメ作品から始まった信仰心であれ、他と遜色はありません。

「所詮はアニメでしょ?」「アニメにそんな力はない」と今は言われていたとしても、2000年間、アニメ聖地巡礼を続けてご覧なさい。彼らは自らの見識の無さに赤面するはずです。

「アニメ聖地巡礼」に足りないものがあるとすれば、そのひとつが、御神体です。御本尊といってもいい。

つまり、信ずるよすが、です。

地域が、聖地であらんと欲するならば、証明する何かが必要です。この世にただひとつだと誰もが認めるもの。100年後、500年後に、アニメ放送時の盛り上がりを誰も覚えていなくても、満席の映画館や飛ぶように売れたグッズが忘れ去られていたとしても、御神体に触れることで、己が立つ場所が聖地であることを各時代に生きる人たちが知る。そのように喚起する何かが必要です。

■2015年、千葉県鴨川市にアニメ資料を移設

『輪廻のラグランジェ』というアニメ作品があります。2012年1月に放送されたロボットアニメです。千葉県鴨川市が舞台になりました。

当時のアニメ業界は今ほどデジタルは浸透しておらず、アニメーターたちが紙と鉛筆で腕前を競っていました。『輪廻のラグランジェ』のそのひとつ。主人公の少女たちはもちろん、流線型の複雑な形をしたロボットを1枚1枚、手描きで動かしています。

2012年9月にアニメ放映が終わりました。エピソード数はテレビシリーズが全24話、OVAが1話。描かれたアニメの絵(レイアウト、原画、動画)がぎっしりと入ったダンボールは150箱。アニメ製作委員会のプロモーションが終わり、その全てがアニメ会社の倉庫に眠っていました。

手描きのアニメ資料がどのような運命を辿るか、ご存知でしょうか。年間300シリーズ以上が作られるアニメ作品の中で、ヒットする作品は一部です。後世に残るような作品となると、さらにごく一部。

アニメ制作のなかで産み出された手描きの資料は、この世にふたつとない貴重なものです。しかし、30分アニメの1話につき動画だけでも数千枚が発生します。それが12話、24話となる。年間に複数のシリーズを抱えるアニメ制作会社にとっては、資料を保管する倉庫代だけでも、かなりの負担になります。

そこで、ほとんどのアニメ会社では、今後の展開が見込めないアニメ作品は、3年を目処に廃棄します。もったいないとお思いになるでしょうか? アニメファンなら皆、思うでしょう。しかし、数がとにかく膨大。保存し、管理をするには、現実的なお金と手間がかかるのです。

『輪廻のラグランジェ』の150箱が産業廃棄物となる。

誰かが、手を挙げなければ・・・。

千葉県鴨川市が名乗り出ました。

■台風被害から資料を守る

アニメ『輪廻のラグランジェ』のダンボールは、その後、170箱になって、千葉県鴨川市の倉庫に郷土資料として保管されています(20箱が新たに見つかり、増えました)。

現在、『輪廻のラグランジェ』の作品権利はプロダクションI.Gが持っています。関係者は「千葉県鴨川市が2015年に名乗り出ていなければ廃棄されていたでしょう」と言います。

実はこの保管プロジェクトには僕も関わりました。2015年のトラックによる移送作業のお手伝いをしました。2016年には鴨川市内でレイアウト・原画・動画整理作業をファンとともに行いまして、その中でトークイベント「出張 聖地会議」を開催しました。監督の鈴木利正さんも参加し、とても盛り上がりました。

2019年。台風15号が千葉県鴨川市に甚大な被害を及ぼしました。そして、襲来した台風19号。その被害から資料を守るため、台風の前日に、僕らは千葉県鴨川市に集まりました。資料を都内の安全な保管庫に移送させるためです。急ピッチでトラックへの積み込み作業を行います。トラックを送り出した後は、すぐに解散し、急いで家路につきました。

こうした活動を経て思うのは、今現在、僕らが目にする文化財と呼ぶ品々についてです。たとえば、エジプトで発掘される5000年前の遺物を僕らはとても貴重だと捉えています。その品々は博物館などで大切に扱われています。しかし、想像してください。作られた当初は日常的にどこにでも溢れているものだったかもしれません。人々はさほど重要と思わず、無造作に投げ捨てていたかもしれません。だけど、ある時、それを貴重だと思った人間がいた。そして、現在まで守り続けてきた人たちがいるのです。

『輪廻のラグランジェ』の資料群は廃棄の危機を脱し、台風被害からも守られました。物量が多く、素材が「紙」であるが故に、その保管には労力を要します。しかし、こうした活動を1日1日と続けていく。それは、鳥獣戯画の巻物、葛飾北斎の浮世絵や運慶の仏像と同じです。こうした先輩方の列に『輪廻のラグランジェ』のカット袋が入ったダンボール群は並んでいるのです。

■日々の積み重ねが、地域を聖地にする

ダンボールの中にはアニメ制作時のカット袋が入っています。カット袋の中には、アニメ作品の手描きのレイアウト、原画、動画があります。この世にふたつとない資料です。

信仰心とは儚いものです。それはアニメ聖地巡礼も同じです。作品の放送が終わり、制作スタッフが解散し、プロモーション期間が終了し、アニメ製作委員会が休眠すると、徐々に作品は忘れられていきます。

地域が聖地だというならば、人々がいつでも作品のことを思い出す何かがあってほしい。葛飾区にある『こち亀』ブロンズ像かもしれないし、JR東海飯田線田切駅にある『究極超人あ~る』記念碑かもしれない。千葉県鴨川市は『輪廻のラグランジェ』の制作資料です。作品を愛する人がいる限り、それらは御神体であり、御本尊です。

これから『輪廻のラグランジェ』の資料には、多くの試練が待っているでしょう。住民の意識が変わり、再び廃棄の危機が訪れるかもしれない。台風や地震などの自然災害も待ち受けています。国際情勢が動き、戦火に見舞われるかもしれない。その都度、どこかの誰かが資料を守ろうとするでしょう。日々の営みによって、地域は聖地であり続けるのです。

■アニメ制作資料とともにある地域

最後にひとつ。

地域はアニメ制作資料を守り、活用する活動をしてはいかがでしょうか。デジタル化が進んでいるとはいえ、いまだに多くの紙資料がアニメ制作現場から発生します。前述したようにほとんどのアニメ作品の資料は時期が来ると廃棄されます。アニメ作品なら何でもかんでも保管しよう、というのではありません。それはさすがに難しい。

せめてご自分の地域を描いた作品、それによってアニメファンが来訪するようになり観光誘致に繋がった作品。そんな作品の資料が廃棄されそうならば、地域はぜひアニメ会社に一報してみてください。

大ヒット作品、有名作品でも廃棄される可能性はあります(某戦車アニメのCGチームに聞いたところ、モデリング時に参考したプラモデルは捨ててしまったそうです)。

アニメ作品の資料を郷土資料、文化財、御神体として後世まで遺す。

地域ができるアニメ文化への貢献だと思います。